八代当主:山方政豊

八代当主:山方政豊 山方氏

山方政豊(やまがたまさとよ、内匠、能登守)は、山方氏八代の当主です。
父は山方氏七代の山方重泰
生没年は不詳ですが、佐竹氏の秋田転封後、久保田藩の直臣として300石を給されました。

 

歴史的背景

慶長7年(1602年)、関ヶ原の戦いで中立を保った佐竹義宣は常陸54万石余から出羽久保田(秋田)20万石余への大幅な減封のうえ国替えを命じられました。
山方氏も一族を挙げてこの転封に従い、常陸から秋田へ移住しています。

秋田では石高が半分以下に減ったにもかかわらず、常陸時代からの家臣団はほぼそのまま抱えられたため、限られた石高を家臣一人ひとりへの知行として再配分する必要がありました。
久保田藩は家臣に領地を与えて治めさせる地方知行制を採用しており、山方政豊が久保田藩の直臣として300石を給されたのも、こうした秋田転封後の家臣団再編の中で定まったものです。

 

主な出来事

年代不明

  • 山方氏八代の当主。父は山方氏七代・山方重泰
  • 佐竹氏の秋田転封後、久保田藩の直臣として300石を給される
  • 後裔は久保田藩における山方氏の中心的な家系として続いた

 

参考図書・資料

  • 『山方町の歴史散歩』第二号・第三号・第四号(山方郷土史クラブ、金子一夫)
  • 「秋田武鑑」(則道撰、弘化元年/1844年完成)